上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2009.06.26
いくら言葉にしても伝えられる気がしない。

今、アナタを抱きしめたい。

今、体はアナタと離れているけど、俺はアナタでアナタは俺だ。

俺が此処に居ることはアナタが此処に居ることだ。

苦しいぐらい愛おしい。

未来の約束をせず、今を生きる。

過去に生きず、ひたすら今を。

瞬間を切り取って体に埋め込みたい。

それが出来ないから、今は震えてしまうほど美しい。

叫びたい。

『今』生きている事を。
スポンサーサイト
2009.06.03 アッサムな旅
mixiから日記を移動中!
しばしご勘弁!
2009年3月25日の日記


「俺はこの瞬間を21年間ずっと待ってたんだ」

暗い部屋で男はポツリと呟いた。
目には涙を溜めて。

あと5キロ。

あとたったの5キロで男の夢が叶おうとしていた。

お疲れ様です。

メキシコで精神療養中の自分です。

先月まで報道にて犯罪者の職業が(?歳・家事手伝い)と書かれている人は、家政婦さんだとずっと思ってました。

日本の家政婦さんは凶暴です。

今回は昔の日記に書いた事の詳細です。

やっぱりこれも半年前の話なんだけれども…。

はじめます。

46日間のユーコン川下りの後、戦友カズさんと別れてバンクーバー目指しアラスカハイウェイにてヒッチハイク敢行中!

まず、社長と話したホワイトホースを後にしてギャングの様なオジさん2人組みに乗せてもらい、一緒に梵(カナダでは半ば合法)をバカバカ吸って、その後数台の記憶をきちんと無くし、気が付くと優しい顔したおじさんの車の助手席に座っていた。

酔いも醒めない自分は、その優しいおじさんに今までの苦労話をつたない英語で話しまくった。

「ルッキング フォー ジョブ」
「バット ノービザ」
「イリーガルね」
「ベリータイアドよ」


彼が政府の役人だと知ったのは酔いも醒めた頃だった。
あわや強制送還の憂き目にあいそうな所だが、彼はご飯をご馳走してくれて降りる際にはお金もくれようとした。

息子が同い年で「人事とは思えない…」らしい。

24歳万歳。

そんな出会いも続き、ワトソンレイクって言うユーコン準州とブリティッシュコロンビア州の州境に着いたのが去年の9月18日の夕方。

その晩はオーロラを見ながら民家の犬小屋横にて就寝。

朝、犬の奇襲により起床。

この旅では犬とすこぶる相性が悪い。

眠い目をこすり道に立った。

さすが早朝、車道りも少ない。

しかしこの頃には、あと1週間も有ればバンクーバーに戻れる自信が有った。

カナダはヒッチハイク天国。皆、優しいし、長距離トラックもかなりの数が通る。

余裕をかましてギターを弾き、気楽に親指を立てていると遠くに光る物体を発見。

円盤状のそれは律儀にもアラスカハイウェイをこっちに向かって走ってくる(飛んでる?)。

窓も何も無いそれがソーラーカーだと判るまでには少し時間が必要だった。

さすがカナダ!環境問題の一つ先行くな!冗談でその小さな一人乗りであろうソーラーカーに親指を立てる。

こちらから中の様子は分からない。

するとその円盤は10m先で停まった。

すぐ後ろからトラックが1台。

後ろのトレーラーにはスポンサーであろう沢山の会社のシール。

真ん中に「Power of one」と書いてある。

トラックの窓から男が顔を出してきた。

「どこ行きたいんだ?」

「バンクーバーっす」

無線を飛ばす運転手。どうやら前のソーラーカーと繋がっているらしい。

「よし!乗ってけよ!ただソーラーカー前に居るから凄く遅いぞ」

「ありがとう!」

後部座席に乗り込むと中はこのプロジェクトの為に改造した最新器材達が所狭しと並んでいた。

前のソーラーカーのスピードに合わせて記録をとりながら進んでいる。

運転手が無線を渡してきた。ソーラーカーの運転手と繋がっている。

「ハロー!俺はマサーロこのプロジェクトのリーダーだ」

「ハロー!アイムリュウタロー」

「タロー!これから宜しく!」


これが自分とマサーロとの出会いだった。

サポートチームは運転手のマークと助手のルー。

このプロジェクトはニューヨークからスタートしてイヌビクって言う北極圏を回りアラスカ1周して今南下している所らしい。当面の目標はバンクーバーで現在104日目。

アラスカでは住民がUFOと勘違いして警察から銃を向けられた事もあるらしい。

あと3500kmでソーラーカーの総距離世界記録を塗り変えギネスにも載るとの事。(詳しくはサイトでwww.xof1.com

凄い事にこういう記録は企業(HONDAとか)が莫大な予算と人を使って挑戦するものなんだけど、マサーロ達はわずか20人足らず、しかも彼個人のお金で動いてるんだって。

マサーロはただの元フライアテンダント(エア・カナダ)。

彼は21歳の時からこの夢を見つ続けて、現在40歳。

ブラジル人である彼はお金を貯めるためにカナダ国籍を取る。

そこからずっとコツコツお金を貯めて今回やっと夢に挑戦しているのだ。

「もう既にこの104日で借金が2000万以上できたよ」

笑って話している。
凄い人だと想った。

記録達成したらこの話を本とドキュメンタリーにするから、その印税で今までの借金を返す計画らしい。

そして、その日はトラックで野宿。

ソーラーカーから降りてきたマサーロは小柄で人の良さそうな人だった。

トレーラーで川の字になって皆で寝てマサーロが話した。

「是非タローもこのプロジェクトチームに参加してほしい」と、言ってたんだと思う。

次の日から英語の喋れない日本人がプロジェクトチームの一員となった。

紅葉


大体の1日の流れ。

日の出と共に起床。

ソーラーカーの充電。

充電

朝食後ミーティングをして9時頃出発。

サポートチームはトラックに乗り無線を飛ばしながら、撮影、記録、ロケハンをこなす。

お昼に再び充電をしながら昼食。
因みにこのソーラーカー一回のフル充電で平地なら500km走れて最高速度は120km。

設計に2年半。製造に2年半。そして公道走行許可の為3年間政府と戦ったらしい。

この間乗せてくれた政府のおっちゃんを思い出した。

そして昼食後また動き出して小学校に訪問したり取材を受けて、夕方になれば寝床探し。

人気の無い森などで野宿も良くあったけれど街ではマサーロがHOTELと交渉し、そのままスポンサーとしてタダで泊めて貰っていた。

ラジオやTVや新聞にも出演しスポンサーを集めた。

因みに自分の生活費はサポートチームに入ってから一銭も払っていない。

手伝う代わりに生活費

バンクーバーからユーコンに来る時はバスで爆睡してたけど、こうやってゆっくり進んで行くと改めてカナダって素晴らしい国だと想った。

あたり一面は紅葉で金色。

野生の馬の群れ、バッファーローの群れコヨーテ、ムース、グレズリー。

動物が道を遮っても皆ゆっくり笑いながら待つ。

それはカヌーで旅した時間の流れに少し似ていた。

そんな中、ソーラーカーが走ってるのも又シュールで良かった。

ほとんど英語が喋れない自分だけど皆も良くしてくれた。

マークはライターで今回のプロジェクトではホワイトホースからの同行。
後々この事を記事に起こすんだって。

ルーは小学校の清掃員でTVでこのプロジェクトを知って仕事を辞めて来た。

2人とも梵をこよなく愛すカナディアン。

マサーロは怒ってたけど。

個人のマサーロはこうやって協力者を探してプロジェクトを進めているんだ。

仕事にも慣れ始めた2週間後。

まさかの出来事が起こる。


マークとルーがホワイトホースに帰った。


最初から1ヶ月の約束だったらしい。

後ろからマサーロが一言。

「タロー、明日から一人だ」

…ウソでしょ?


でも、そう言えば先週マサーロが「タロー免許持ってる?」って聞いてきてた様な…。

その時は免許取り消し中って言うのが英語で通じなくて、最終的に「持ってる」方向で話終わってた!

「いや、、あの」

「タロー頼んだぞ!」


運転手を探し出してたら又マサーロの借金がかさむ。

翌日、手に汗をかきながらトラックのハンドルを握っていた。

「そっとして下さい…」

願いとは裏腹に何度も警察に停められる。

だって目立つもん…。

マサーロは強気だけどこっちは気が気じゃ無かった。

「タロー警察が来たときはもっとビシッとしなきゃ駄目だよ」

でも、ビシッとしたら捕まっちゃうよ…。

不思議とソーラーカーの公道許可書を見せると免許の有無も聞かずに通してくれるから助かった。

サポート面でもほとんど英語が喋れない自分。しまいにはスペイン語も駆使。

無線連絡も混乱を極めていた。

ソーラーカーは遅い為、追い抜き車が結構居る。

その度にマサーロに「車来てるよ」って意味で「パッシングパッシング」と言うんだけれど、高校中退の自分は車が来る度に「パシフィック!パシフィック!」と叫んでいた。

悲しいほど学がない。

だからこそ本当に大変だった。

慣れない右側交通に逆走してみたり。

マサーロを撥ねかけたり。

TVや新聞のインタビューでも「あなたは何故このプロジェクトに?」って質問に「いやヒッチハイクで、、」と答えると皆呆れていた。

謎の東洋人
謎


でも、出会いにも恵まれて沢山の応援者に支えられながら1ヶ月半かけてバンクーバーに到着。

家に泊めてくれた人達。新たにスポンサーになった企業。一緒にソーラーカーを直してくれたメカニックの人達。

「あなたは私の孫よ」と言ってくれたエリオットおばあちゃん。一緒にセッションしたアイバン。

スーパー美人フランス系カナディアン・アンドレ(34歳)...。

沢山の出会いが有り、どの出会いも本当に深かった。

自分が何かを発信する側になると、途端旅の濃度が変わってくる事を知った。

今バンクーバーに居れるのは間違い無く彼らのお陰だ。

1週間前から同行しているディスカバリーチャンネルのスタッフや地元TV局の集まる中メインストリートを走り抜ける。

皆の驚いた顔が面白かった。

しかし、確実にストレスも溜まっていた。

今までは気楽な旅だったけれど、今は毎朝日の出起き。

喋れない英語でマサーロともコミュニケーションが大変。

無免の恐怖。

その日はバンクーバーの5ツ星HOTELに招待され最高に贅沢な1日だったけれども、心の中ではこのソーラーカーでの旅も此処で最後にしようと思っていた。

バンクーバーでは取材や次の目的地の検索、総距離の計算、ソーラーカーとサポートトラックのメンテナンスの日々。

そんな折、あと300kmで世界記録更新であると言う事が判明。

マサーロが興奮して「タロー!!あと300kmだ!!」


良い機会だと想い「ここで旅を終わらせようと想うんだ」と話した。

その時のマサーロの寂しそうな顔…。

結局、残り300km付き合う事にした。

次の目的地はカナダのキャピタルである「ビクトリア」である。

ビクトリアは島の中にある為、バンクーバーから船に乗った。

勿論、この船もタダだし船長が操縦室に案内してくれたりと、至れり尽くせりである。

やっぱりこういう経験もマサーロのお陰だし、貴重な体験をさせてもらっている…とは想うんだけど、自由に旅をしたい欲求が日に日に増してきた。

ビクトリアの道中もそんな事ばかり考えていたし、マサーロと衝突する事もあった。

目的地ビクトリアに着いたのは2日後だった。

HOTELは又もや5ツ星。しかも今回はバンクーバーの時よりも豪華。

朝になると専属のシェフが部屋で料理を作ってくれる。

王様気分でタマネギ嫌いをさり気無く会話に混ぜる

その日の夕方、またマサーロと言い合ってしまった。

気分は最悪。もう、一人でも帰ってやりたかった。

夜トータルの距離を計算していたマサーロが飛び上がった。

「TARO!!あと、、あと5kmだ!!」

気まずい不陰気から一転。

マサーロは大喜びで抱きしめてきた。

でも、俺はまだムスッとして後ろを向いていた。

マサーロは皆に電話している。

最初は喜んで喋っていたが、段々口数が少なくなっていった。

「ありがとう…あと5kmなんだ..」

振り返ると受話器を持ったマサーロの肩が震えていた。

もう、声も出なくなってしまっている。

その時何故か自分も涙が溢れてきた。


俺は何してるんだ。


21年間も想い続けてきた事が明日にも達成されるのに、俺の態度はなんだ。

俺はちっともマサーロの記録への想いを理解していなかった。

いつも軽い調子で「タロー、ブレイクレコードしたらハッピーダンスしよう!」
と言って、陽気な人だけれど、そんな軽い気持ちなはずないんだ。

21年間夢見て一生懸命働いてお金貯めて借金までして..。

「僕は2年半設計にかけて、更に2年半で車を造ってその後3年間政府と戦ったんだ」

いつも小学校に行った時や応援してくれた人達にマサーロが言っていた言葉。

俺の気分なんかでその瞬間を壊したら絶対駄目だ。

その日の夜、トラックで何度も明日通るコースを見て周った。

2人とも興奮して何を喋ったか覚えてもいない。


あと1日で、マサーロの夢が叶おうとしていた。

次の日。

朝から自分の出来る事限りの事をしようと思い、ルートを完璧に叩き込んで、ソーラーカーを磨きトラックを洗った。

いつも通りマサーロがソーラーカーに乗り込み自分が無線を確認する。

「タローマイクテスト、マイクテスト」

「OKクリア グッドラック マサーロ!」

「グラシアス!」

こうして走り始めた5kmはパレードの様だった。

先頭にパトカー5台。

真ん中に主役のマサーロが乗るソーラーカー。

その後ろに無免許運転の自分

ある意味、人生でもっとも安全な交通違反だった気がする。

無線ではマサーロが声を震わせてバッテリーの残り残量を記録に取っていた。

そして遂に記録更新地点の公園が見えてきた。

HOTELからきっかり5km。時間にして10分程度。

既に沢山のカメラや人達が待っていた。

凄い歓声。

マサーロがソーラーカーから降りてくる。

鳥肌が立った。

今、此処に立ち会えた事がとても大切な事だった。

マサーロが一目散に自分の所に来てこう言った。

「TARO YOU SUPPORT ASSAM」

(タロー君のサポートは最高だよ)

それは、英語が出来ない自分でも分かる簡単な言葉だった。

でも、全てが報われた気がした。

いつだって、自信が無かったんだ。

英語も知識も無い自分に。

それをマサーロのせいにしてただけだ。

泣かせる台詞言いやがって。

世界記録


翌日、我々はバンクーバーに戻る事になる。

マサーロは新メンバーを探してこのままアルゼンチンに行くらしい。

すごい旅だ。
かなり厳しい旅路になる気がした。

ダートだし、山あるし、山賊いるし..。

何より記録は達成したんだから..とも想ったが彼らしいとも想った。

「まだ、南米の人達はソーラーカーを見た事が無いんだよ、是非見せてあげたい。俺はブラジル人だしな」

誘ってもらったけど俺はアメリカに入れない。

マサーロが何回かアメリカに掛け合ってくれたけれど、やっぱり駄目。

チームから離れる時が近ずいていた。


そして別れの日。

マサーロはこんな事を言った。

「タロー、実は俺は、もう次の計画を練ってるんだ。次は2人乗りソーラーカーだ。その時は又一緒に旅しよう」

きっとこの人は実現するだろうと想った。

目の前で夢を叶えた張本人だから。

でもマサーロ。

俺はその前にしなきゃならない事があるよ。




免許とらなきゃ。
2009.06.03 46の考察
mixiから日記を移動中!
しばしご勘弁!
2008年2月16日の日記


久しぶりにバスに乗りました。

近いけれど歩くにはちょっと、、的な距離でバスに乗ってしまったあたり、すぐそこに30代を感じます。

そのバスは乗車5分後に人を轢きました。

大事故では無かったけど女の子が手を押さえています。

大変な事になりました。

警察も来ます。当然です。

運転手も降ります。当然です。

話し合います。当然です。

数分後運転手は帰ってきました。不自然です。

そのまま運転手は運転をしました。運転手ですから。

乗客は何事も無かったかの如く、降り際に「グラシアス」とお礼を言います。

どうやら一件落着したようです。

ここはメキシコです。

遅れましたが明けましておめでとうございます!

2009年も何卒宜しくお願いします!

日本を出て1年が過ぎ、旅に出てから2度目の誕生日を無事迎えました。

去年の誕生日はNYで2番目においしいと言われているステーキをご馳走してもらい、あまりの美味しさに「来年も絶対」と鼻息こそ荒かったですが、気が付いたらアメリカに入国出来なくなっていました。

ハワイが気を利かせて日本に近寄ってくるのを待つばかりです。

現在はこの旅3度目のメキシコにいます。

3日の滞在予定は3ヶ月目に突入。

中途半端に居心地が良いです。

それでは前回の続ずきで半年前の話をしようと思います。

前回のあらすじ...

バンクーバーにて資金運用に失敗した私は夜逃げ同然で北極圏はユーコン準州に向けバスに乗り込んだのでありました。

あの大河を下るために。

あの大河ことユーコン川は3200キロかけてカナダからアラスカはベーリング海に流れる、カヌーイスト憧れの川であります。

高校球児で言うところの甲子園であり、おばちゃんで言うところの巣鴨の様な場所と言った方が分かりやすいかも知れません。

登山家はそこに山が在るから登るわけで、そこに川があったら下りたくなるのが人の心理。

心理には逆らえません。

それに相方もいます。

カズさん(31)
同じく初心者ですがジャンキータウンで共に切り盛りしてきた戦友です。

博多出身の彼がその訛りから繰り出す数々の名言・ギャグは、時間が有ったら1つにまとめたいと思います。

大自然を駆け抜ける銀色の長距離バスは15時間かけて小雨降るホワイトホースに我々を下ろしました。

「カズさん!田舎っすね~!」

バンクーバーから来たシティーボーイの感想。

早速翌日はカヌーの打ち合わせです。

待ち合わせの場に現われた社長は帽子を深くかぶった渋い男。

ダンディーです。

渋い社長との協議の結果今回の旅は。。

日数 1ヶ月
総距離 1060㌔

ニサトリンリバーからアラスカ国境の町ドーソンへ。

相当長くなりました。1週間のツアーが一般的です。

注意すべきは熊と転覆。

転覆したら凍傷になった後に広い川幅の為溺れ死ぬし、熊に襲われてもこれ然り。

「注意しないとねぇ、、」

そう言ってから帽子を脱いだ社長の頭は不毛の土地なのでした。

あまりの衝撃に全ての説明を忘れる。

数日後

元シブ社長の車で出発地点まで移動です。

2時間後到着。

車を降りたとたん蚊の大群に襲われる。聞いてはいたけどユーコンの蚊は凄いです。

しかし心配ありません。
我々は準備万端です。

露出度の低い2人の若人を諦め、敵は露出の極みとも言える元社長の頭部に一直線。

「あっ...クソ..何だよ!」

結果、社長は10分後には退散。

取り残された我々は大量な荷物をカヌーに積み込み憧れの大河へ船を出したのでした...


恐らくこの旅の感想を言葉にしても上手く伝えることが出来ないと思う。

けれど、間違い無く今後の人生に大きな影響を及ぼす体験だったし、現に今こうしてメキシコに居て、あの旅の影響を未だに感じるのである。

それ程にマカ不思議な体験だった。

人が居ない。音が無い。文明0。

ひたすらゆっくりと流れる大河にて自分と向き合う。

旅の半ばを過ぎるとカズさんともほとんど話さなくなった。

お互いに自分と対話しているのだ。

ひたすら自分の内側を旅する事が出来きた。

それは一つ一つの考えや出来事から自分を開放していく作業の用でした。

ユーコンの大地の力がとても大きかったんだと思います。

ちょっと白夜
闇

25日目やっと着いたゴール300キロ前の町にて社長に遅れると連絡する事に。

「到着遅れると思います」

「どれくらい?」

「まだ分からないです…」

翌日、川の上でBENという80過ぎのおじいちゃんと会う。

彼は40年間毎年欠かさずこの川を下っているらしい。

BEN爺と毎日登山し瞑想しギターを弾きオーロラを眺めながら話あった。

感動したなー

山にはローズヒップやブルーベリーが自生しているし魚も取れる。

川を下る速度はますます落ちていった。

46日目

「あっカズさん!町だ!」

やっと目的地ドーソンに着く。

その日はもう夕方だったのでテントを張り旅の無事をカズさんと祝った。

「最高の旅やったね」

本当にその通り。又必ず来ると思う。

...犬に吠えられない限り。

その夜は久しぶりに熊と蚊の恐怖から開放されて爆睡。

翌日カヌーを返しに行く事に。

10分もしない内に警官に止められる。

鼻息も荒いこの警官。

「JAPANES?」 「YES」

「NAKAMOTO?!」 「YES...」

聞き終わるか終わらないかの所で無線を飛ばし始める。

そして硬い握手。

急いでカヌー屋に連絡しろと言っている。

嫌な予感がよぎる中急いで電話。

「もしもし…」

1週間待っても我々から到着の電話が無かったカヌー屋は緊急事態とみなし警察に通報。

直ちに捜索が開始。

しかし見つからずカナダの日本大使館は外務省に連絡。

外務省は我が家に連絡。

「お子さんがユーコン川で行方不明です」

この数日間大変な事になっていたみたいだ。

家に電話するとお袋は泣いていた。

親父もカナダ入り寸前だった。

昼間の町を歩くと我々は様々な人から声をかけられた。

「お前ら生きていたのか?!」

「俺は捜索隊の一人だ」

「ほらこの飯メシ食って元気出せ!」

人生に深い影響を及ぼすであろう経験は同時に大きな教訓を残す旅となった。

心身共に疲れた2人は1日だけ贅沢してHOTELでゆっくりする事に。

寝袋以外で寝れるのは46日ぶり。

カズさんが出かけたので昼間から風呂を満喫する。

湯船に浸かるのは数ヶ月ぶり。‘

様々な想いが交錯する...

旅、日本、ユーコン、家族…

ドンドン!!

目が覚める。

まだ風呂の中である。

ドンドン!!

あーもう誰だよ?!

睡眠の邪魔をされてイササカ憤慨気味にもな......

...あ。

目の前の蛇口は絶え間なく湯水を吐き出して、課せられた責務を果たし....。

溢れた湯水は一寸の迷いも無くドアの向こう側の世界へ。

乗り込んできたオバサンは言いました。

GET OUT!と。

多分怒ってました。

罰金200ドル。経験は金では買えないが時々払わされるらしい。

HOTELの入り口で2人分の大きな荷物を両脇に抱え座り込む。

「どーしたん?」

見上げると不思議そうな顔をしたカズさんがそこにはいました。

数日後

2人は次の旅へ向けて別々の道を進むべく出発することにした。

カズさんはヒッチハイクでアラスカ最北端を目指し、自分もヒッチハイクでバンクーバーに下る。

2人共3000キロオーバーの長い道のり。あと1ヶ月もすればこの辺りも極寒になるはずだ。

しかもカズさんに至っては所持金ほぼ0。

こんな人と旅が出来て良かったと思った。

「隆太郎、楽しかったよ」

いちいちこの人は人を泣かせる事を言う。

カズさん、自分も最高でした。

カズさんの後ろ姿を途中まで見送り逆方向に歩き始める。

さて、ここからは又1人。

日本でのヒッチ経験を生かしたい所だがここは異国。

英語も分からなければバンクーバーがどっちに有るのかすら分からない。

えーい!迷っていても始まらないよ!

バンテリンあるよ!(ラモス)

取り合えずスタート!

5時間経過....

愛想は良いけど乗せてはくれないカナダ人。

優しくないカナダ人。

黄色人種を差別するカナダ人。

この国が嫌いになりかけたその時!

1台の車が停まった。

あっ!手招きしてる!

安堵の表情も隠さず駆け寄る自分!

ア、、アイウォントゥゴートゥバンクーバー!

「道...逆だよ」

貴重な20代の5時間を無駄に過ごした私は足取り重く逆車線へ。

「あっ」

即つかまる。

カナダ人は優しかった。

3台乗り継ぎ2日でホワイトホースまでは帰還。

「なんて都会なんだ...」

田舎から来たカントリーボーイの感想。

バンクーバーに帰ったらショック死してしまうかもしれない。

すぐさまご迷惑を掛けてしまった社長のもとへ。

電話をかけて10分もしない内に社長が駆けつけて来てくれた。

「心配したよ!!」

遅れると言う連絡はしたので安心していた自分達。

あまりにも遅いと警察に通報した社長。

カヌー初心者の2人はどれぐらい遅れると心配されるのかすら気が付かなかった。

反省。

社長はゆっくりといきさつを話し始めてくれた。

船での捜索や聞き込みは難航し1週間前の目撃証言のみ。

あと1日到着が遅れていたら捜索隊はヘリを飛ばすことになっていた。

ヘリを飛ばすにはお金がかかる。

1h/¥100万
ユーコンはとてつもなく広い。

何十時間も探す事だって十分にありえる。

費用は自己負担。

つまり莫大な借金を背負う事と同義語。

ヘリを出動させるかは外務省から家族に問われる。
額が額だけに独断出来ないんだと思う。

「お父さんからFAXもらったよ」

社長が取り出した紙には親父のきれいではないけど、丁寧な字が書いてあった。

親父とお袋がどんな気持ちでこれを書いたのか考えたら、言葉が出なくなった。

ホワイトホースはもう寒い。

涙って熱いんだ。
2009.06.03 風のウワサ
mixiから日記を移動中!
しばしご勘弁!
2008年12月7日の日記


どんなに待っても現れない人がいる。

どんなに想っても伝わらない気持ちがある。

これは6ヶ月前の生活の記録である。

その前に。

福田総理が辞任したって本当ですか?
官房長官時代から応援していた福田さん。。

麻生さんは水木しげるの妖怪みたいだから嫌いだよ..

諦めるな!福田さん!
その軽い物腰でカムバック!

福田さんがまだ総理の座に座っていた6月20日。
私はメキシコ発バンクーバー着のJAL12便エコノミークラス(窓側)に座っていた。


前に書いた通りアメリカ国境で犬に吠えられ精も根も尽き果てなかったものの、お金だけは尽き果ててきたので一つ出稼ぎにバンクーバーを目指す事にしたのだ。

風の噂では「カナダに行けば仕事が有る。特にキコリが熱い」との事。

泳がない方の北島も「与作」で一儲けしたと聞くし、しこたま稼ぎ南米にてヘイヘイホーという考えは至極当然の流れです。

5時間という時間が過ぎればもうカナダである。

機内食(エコノミー)がメキシコでの食生活を大幅に上回る物だった事に心のエコノミー症候群になりかけた以外快適な空の旅であった。

何もかもが清潔な空港に下り立ち、イミグレで当然の如く別室に連れられたが秘伝の愛想笑いで切り抜けバスに乗る。

日本人まみれのROBSON通りを過ぎジャンキーまみれのチャイナタウンにある$10宿に腰を据えることにした。

大さん


因みにこの町、奇声を上げ暴れる男、注射針をつけたままの虚ろな淑女達が平然と町を闊歩、喫茶店では普通に大麻が売られ、なおかつ当然のように席で吸える。
町で一番強いのが「ヘルスエンジェルス」というマフィア達。

そして夜ともなれば200人を超すであろうジャンキー達が町中に溢れるドラッグタウンだ。

こんな所に住めるのはヤク中かマツモトキヨシって名前の奴だけかと思っていたら住めば都。快適である。

毎晩の様に南京虫の襲撃に遭い体中ボコボコになってしまったが10ドルでは文句は言えない。

しかし肝心の仕事探しは難航した。

風の噂であるキコリの仕事なんて一切聞こえてこない。

以後噂話は信用しないでおこう。
大体「風の噂」ってなんだよ。。

仕方なくお店を回り手当たり次第でお願いして回るが渋い反応。

「NO ビザ!」 「ドント スピーク イングリッシュ!!」

威張っても無理なものは無理。
不法就労も楽じゃないな。

宿にお金を吸われ。
南京虫に血液を吸われる。

このままでは旅も終わると思いかけた7月。
有力情報が舞い降りてきた...

「バンクーバーにはCASINOがある」

MY脳内
CASINO発見=金発見!

根拠のない図式は出来上がった。
しかしラスベガスでの教訓を忘れた訳では無い。

ルーレットという名の運任せGAMEで初日にウン十万稼いだ自分は翌日ボロ負け。

止める相方を押し切り最後の勝負。

男らしく黒に10万。

その時!
確かに聞こえたんだ!
「いんや、今日のおめぇさんはずいでねぇ。思ったば事の逆に賭けてみんろ」

このどぎつい南部訛りは尊敬する新撰組隊士吉村貫一朗先生!?(壬生義士伝参照)

つまり赤ですね!?
俺黒大好きだし黒に来る気がするけど今回は赤なんですね!?

「ちょっと待った!」

ネルトンばりに華麗なる締め切り間際のチェンジ!!

1000ドルチップは黒から赤へ移される。

数秒後...

ボールは俺の大好きな黒へ。

「おもさげながんす」(南部弁でごめんなさいの意)

...

「能有る鷹は奥二重」とは誰かが言った良い言葉。

ここは過去の過ちを繰り返さぬために準備が必要である。

まずルーレットは止めよう。
運任せすぎる。

戦術を駆使できるゲームが良い。。

思い立ったら吉日生活という事で、BOCKOFFで情報収集!(注バンクーバーには何でも有ります)

探すこと数時間...

$2コーナーの「始めてのお産」の横に並ぶ「ディーラーをやっつけろ」という本を発見!

解説によると著者OHソープ博士はこのブラッックジャック必勝法で数々の億万長者を多数生み出したらしい...

未来の自分をそこに見つけた私は鼻息荒くレジに駆け込む。

そしてお気に入りのジャンキー公園に。
はやる気持ちを抑え最初のページをめくる。

「この本を妻と娘に捧げる」

使い所を間違った言葉とは真冬のTシャツに似ている。

しかし内容自体は素晴らしい。
高卒には少々小難しい内容だが読み応え満点。
そのまま公園で読み耽りトランプを買い練習を重ねる。

数時間後
夜になりいよいよ戦場へ乗り込む!15時間という長い勝負が幕開けたのだ!!
戦術を駆使しカジノをヒーヒー言わせてやるぜ!

そして翌日...

「シンプル イズ ベスト」

ロハスな俺はカジノから出る頃に財布も預金もシンプルな額に仕上がりました。

非常にまずいよ!!旅が終わる!!

預金は減ったが緊張感が増した我が貯蓄!

俄然真剣に勉強する。

そして忘れもしない暑い夏の夜。
ヒューザーの社長(小嶋さん)ばりに追い込まれた私は勝負を賭けていた。

勿論ブラックジャック。

ここで解説。
ブラックジャックとは、「21」とも呼ばれているゲームでトランプ(52枚)を使って、ディーラーとプレイヤーのどちらが合計21に近づける事が出来るかを競うゲームである。
合計が21を超えると負け。
ブラックジャックでは、カードの合計が『21』を超える『Busted(バースト)』となり、その時点で負けとなってしまう。
よって、いかにバーストしないで21に近づけるかが勝負のポイントとなる。

話は戻る。
私の手には「18」「19」「17」「17」という4セット。

一つずつに500ドル。
合計2000ドル。ほぼ全財産。


敵は現在5。

この時点ではこちらが有利。
敵が一枚引く。

「4」

合計「9」これで分からなくなった。現在は五分。。いや若干敵が有利か。

否が応でも緊張が走る。
敵がもう一度引く。

「7」

合計「16」これで又こちらが有利となった。しかし勝負はまだ分からない。恐ろしい。

そして運命の一枚が引かれる。

6以上が出ればバーストで私が勝ち逆にそれ以下だと数字にもよるが非常に厳しい。
いや完全に帰国確定だろう。

敵が慎重にカードをめくる。

そこに現れた数字とは...!!

「!!」

その日私は帰りに天丼を食べました。
私は次の日ヘッドフォンを買いました。
失った貯蓄・自信も完全に取り戻しました。
そう。
つまり敵が引いたカードは10で見事にバースト。

それから1ヶ月はギャンブラー生活を送った。

ある時は同じテーブルで40時間も勝負し続け。
ある時は勝負の途中、宿の友達が袖から現れ(南京)心無い白人から差別を受ける。

途中仕事も見つかった。
アパレルの工場。

毎朝チャリをかっ飛ばして工場へ。
夜は戦場。

工場長の奥さんがいつもお弁当を作ってきてくれた。

同僚の一人中国人のケンさんは愛国心の塊のような男で、中国の工場から送られてきた女性下着の色がブラックだった事に激しく落ち込み、暇さえあれば上海ガニの素晴らしさを教授してくれる。

ある時中国の工場から送られて来たダンボールにアリを発見、思わぬ同郷の来訪に「ケンさん絶対に喜ぶな」と思い目の前に差し出すと満面の笑みで潰してくれた

人とは矛盾の生き物である。

そんなこんなでVANCOUVER生活が一ヶ月を過ぎようとしていた時。
カジノの帰り道ある事に気がつく。

「毎日働いてるのに金増えてねぇ!!むしろ減ってる!!」

メキシコで虫の息だった我が貯金は持ち主より先に悟りを開き、遂に無の境地にたどり着こうとしているではないか!?

「さすが俺の貯蓄」と感心している場合ではない。
一刻も早くカジノで挽回を...

いや、もうカジノは止めよう。  
人には向き不向きが有るようだ。

「金の切れ目が縁の切れ目」南京虫も最近見ないベットで一人考えながら本を読む。

「罪と罰」「地雷を踏んだらサヨウナラ」「ゆらゆらユーコン」

「ゆらゆらユーコン」?

これは日本を出るとき友達のお父さんが餞別としてくれた本で、カナダからアラスカに流れる大河「ユーコン」について書かれた本である。

そこには大自然の中カヌーに乗り自給自足で生きていく人達の姿が有った。

あれ?
ここどこだっけ?

バンクーバー..カナダじゃん!!

数日後には北極圏近くユーコン川の上に居た。

人も町も電気もない。
勿論CASINOも。

こうして俺のギャンブラー生活は幕を閉じる。
やはり金は働いて稼ぐものらしい。

そう言えば出発前日に宿でこんな噂を聞いたな。

「ロンドンに行けば仕事がある。特に弁当屋が熱い」


どこかで聞いた様な気がした。
2009.06.03 現在
mixiから日記を移動中!
しばしご勘弁!
2008年7月21日の日記


お疲れ様です。

色んな事がありました。

それはのちのち日記に書こうと思います。

今は何故かソーラーカーの世界記録を塗り替えるプロジェクトに参加してます。

トラック
馬とソーラーカー
ROBUSON


毎日、日ノ出と共に起床しソーラーカーのチャージ。
昼はロケハン&撮影。
夜はミーティング。

俺なにしてんの?
と、思う事もあるけど訳分かんなさが自分の旅なのでこれも良し。

詳しくはwww.xof1.comにて。。

日記は近々ちゃんと書くので見てね。

では。。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。